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405の購入


ここでは私のプジョーについて、購入から現在までを、簡単に追っていきたいと思います。



●プジョーとの出会い
 
 

 プジョー405Mi16の存在をはじめて知ったのは、おそらく「CAR&DRIVER」誌94年8月26日号のツーリングカー特集を読んでからでしょう。


 94年といえばJTCCがスタートした年で、CD誌でも特集を組んでいましたが、そこに突然目に飛び込んで来たのが
フランス・ツーリングカー選手権の405でした。
 Esso ULTRONのプジョー・スポールカラーの405(#1)は私にとっては本当に衝撃でした。「こんなカッコいいスポーツセダンが世の中にはあるんかー」というような感じでした。でも買えるとは思ってないし、それに外車を買うなんて現実的ではなかったから、購入までは考えませんでした。


 プジョーというメーカーについて最初に意識したのは、90年の「F1速報」誌スペインGP号に出ていた、プジョー905を見てからです。ほんの小さな写真ですが、強く印象に残りました。905といえばなんといっても91年〜93年にかけてのル・マン24時間
(#2)でしょう。プジョーの速さは圧倒的でしたから。


(#1) プジョー・スポールカラーの405
306MAXIみたいなやつ。96年のモンテ仕様のカラーリングによく似ている。(右上の写真) ちなみに95年のBTCCでの405は赤いTOTALカラーであった。この年からフロントスポイラーとリアに巨大なウイングを装着していたのだが、私は以前の外観ノーマル仕様の方が好きである。


(#2) ル・マン24時間
91年、プジョー初出場の年はポールポジションからスタートし、トップを走るもリタイヤ。優勝したマツダよりも強烈なデビュー戦でした。92年はトヨタとの一騎打ち。当時はトヨタを応援していたのでプジョーの優勝は私にとっては非常にくやしい思いでした。93年はまたしてもトヨタとの一騎打ち。プジョーは1−2−3を飾る。グループCカーの中では一番美しいクルマだと思います。



●これしかない! 


 当時私はトヨタ・カリーナ(#3)に乗っていましたが、次のクルマも当然のようにセダンを考えていました。特にインプレッサやレガシィ(#4)には強く惹かれましたが、どうもイマイチでした。フォード・エスコート(#5)!が欲しいと思った時もありましたが、これはあきらめました。


 ところが、ある日突然
プジョー405Mi16を購入することに決めたのです。95年の8月頃だと思うが、雑誌を見てこのクルマが日本で買えることができ、しかもディーラーが北海道にもあることを知って、早速行動に移すことになりました。


 その時点でもう他のクルマは目に入りませんでしたし、405こそが自分の本当に欲しいクルマであると直感していたからです。あとは購入まで一直線・・・のはずだったのですが、このあとが大変だったのです。


(#3) トヨタ・カリーナ
平成元年型、1500ccの5速。左の写真がそれ。エンジンパワーはないが、シャシーバランスがよく、アクセルワークによる挙動の変化がとても自然で、運転していても大変面白いクルマであった。思い入れが強く、プジョーを選べたのもこのクルマのおかげであると言える。しかしながらただのファミリーセダンとしか見られず、人気車種や高性能車ばかりがもてはやされるので国産車から離れるきっかけにもなったクルマでもある。現在は知り合いの修理工場で代車として頑張っているらしい。

(#4) レガシィ
2代目RSのこと。しかしターボエンジンは必要ないのでやめた。初代RSの前期型の白を中古で買うことも考えたが実はスバルのセダンを買わなかった本当の理由はドアの窓枠がないことであった。(4ドアハードトップは嫌い)
(#5) フォード・エスコート
なんと言ってもRSコスワース4×4である。当時WRCを見ていて、コルシカやサンレモを走るエスコートの姿にしびれたもんだった。購入を本気で考えたが、正規輸入でもなく、しかも新車で500万円もするクルマであったので、仕方なくMINICHAMPSの43分の1スケールのミニカーで我慢することにした。



●購入



 プジョーに決めてから1週間後、Mi16(91年型、ソレントグリーン)がたまたま中古で出ていたので見に行きましたが、すでにありませんでした。そこでやはり新車をということで、95年9月、ディーラーでカタログをもらい、その次の週、新車契約(#6)をしました。ところが、その時点で日本にある在庫はチェリーレッドが2台(#7)あるだけだったのです。


 赤は希望の色ではありませんでした。しかし新車は残る2台、買うべきかどうか悩みました。赤いMi16はサイコーにかっこいいのですが、結局購入をあきらめました。おろかだと思うかも知れませんが、色は大事です。



 その後、中古のMi16(ホワイト)の話が来ましたが、個人売買で即金で240万円を支払うことが出来なかったので、これもあきらめることにしました。程度が良かっただけに残念でした。


 このあとしばらくはクルマのことを考えるのをやめ、気分転換に東京モーターショーを見に行ったりしました。そして95年11月のある日、現在の私の愛車である
93年型Mi16(#8)の話が舞い込んで来ました。 実はこのクルマ、ディーラーの営業マン所有のモノだったのですが、どういうわけか私に売ってくれることになったのです。価格は210万円(#9)、ローンもOKということでした。大変感謝しています。


(#6)
 新車契約
諸費用込403万円。シルバーを選択したが、やはりグリーンであったかと思う。しかしあと何ヶ月か前に契約していたら手に入ったかもしれないと思うと、本当に残念である。


(#7) チェリーレッドが2台
おそらく2台のうち1台は、「カーマガジン」No.226号のフランス車新聞に投稿した方が購入したと思われる。新車にこだわるなら絶対に買うべき(しかも最後の1台ならなおさら)であったが、私はそれ以上に色にこだわった。なぜなら色は人を表すからと思ったからだ。服や身につける物と同じである。


(#8) 93年型Mi16
色はソレント・グリーン。走行距離49,000キロであった。車高は下げてあって、ホイールは16インチのテクノマグネシオを装着、リアにPEUGEOT TALBOT SPORTのステッカーが貼られていた。程度はいいとは言えなかったが、それは承知の上である。


(#9) 210万円

95年当時の中古車市場で私の記憶にあるものでは、後期型で上は259万円、下は238万円というところ、前期型で168万円から108万円であった。後期型を北海道内で探すのはほとんど不可能であった。



●納車
 

 いろいろあって結局納車は96年2月3日(#10)になりました。いよいよ私もプジョーオーナーになれるのです。一時は購入も断念しなきゃならないところでしたが、何とか手に入れることが出来ました。


 納車当日は札幌まで取りに行き、簡単な説明を受けてからプジョーに乗り込み函館まで走りました。
初めてのプジョーの運転(#11)がいきなり雪道だったのです。やれやれ。

 何てエキサイティングな瞬間でしょう。夢にまで見たプジョーを運転しているのだから。この日、雪の中の7時間は私にとっては忘れられない出来事となりました。この日を境に405Mi16との楽しくも苦しい?生活がはじまりました。けど買ってよかったぜー。好きなクルマに乗らずに一生を終えるなんて考えられないからね。


(#10) 96年2月3日
このクルマに決めたのが11月17日、頭金を振り込んだのが12月18日、それから一ヶ月以上たってからの納車であった。納車が延びた原因のひとつが、ガソリンスタンドのあんちゃんが間違えて軽油を入れてしまったことである。そのためインマニホールド、スパークプラグ、触媒の交換、あとオイルとエレメントの交換を行うことになった。もちろん工賃はサービス。

(#11) 
初めてのプジョーの運転
左ハンドルのマニュアル車に乗るのはMi16の試乗をした時以来であったが、その時は500メートル位しか走っていないので本当にぶっつけ本番であった。しかし100キロ位走ったらもうすでに左ハンドルには慣れてしまっていた。むしろ慣れるのに時間がかかったのは操作系の方であった。シートが疲れないというのは本当で、そのことを初日の7時間の運転で証明できました。




どんな405? 


 購入した405を見てみましょう。夏仕様です。96年4月の撮影です。見てのとおり車高は下がってますね。ホイールはテクノマグネシオ 16インチ、デザイン的には405に合っていると思います。


 タイヤは
PIRELLI P700-Z
(#12)205-50-16です。これは自分で購入しました。あとは必需品のスキーキャリア(#13)。純正品です。

 ペダルは金属製。おそらく後付だったのでしょう。はじめから付いていたのかと思っていました。

 購入当時はフランスが核実験を行なっていたので、友人からは非国民扱いされました。
「核は反対だが、フランス製品を買うかどうかは別だ。」こんな言葉を何回言ったことか・・・。


(#12) PIRELLI P700-Z
ポルシェとBMWとアウディの要望により開発された高性能タイヤ。ツーリングカー選手権を走るフォード・シエラ・コスワース用のレーシングタイヤスペックを採用。購入先は函館にある「ピレリー函館販売」。乗った感じは意外に静かで、排水性が非常に良い。

(#13) スキーキャリア
プジョー純正。当初いまいちなデザインに思われたが、今では市販のものよりも合っているのではと思っている。バーの塗装面はすぐに禿げ、錆びだらけになってしまった。風切音がうるさい。






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